懷念三田裕次さま

本文發表於 2014 年 12 月 09 日 15:24

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第一次前往三田塾是很多年前,我也忘記那一年,是在帝京大學教書的蔡老師,他的名字太好,有許多同名。用一種非常特殊的方式,找到三田塾,當然,蔡老師帶。後來又去一二次。

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2006年開刀後,曾以復健過程中最難看的字体寫信給他,害得三田さま情緒失控,通知日本朋友,不知他如何知道我的朋友們,真是神通廣大。我們兩人對生病這事有很深刻的感受,彼此感同身受。

 

2007年有神戶大學之行,有一絲動力,要將18年努力的成果,在國際上發表;雖然身體已預約疝氣要開刀,仍勉強前往。最重要的是前往東京拜訪三田樣。但到東京大手町駅,竟然在丸紅総公司附近迷路,最後靠電話與鎮靜下來,才走到丸紅総公司的「金魚鉢」。..『阮在小小的「喫煙室」交換「極機密」情報。丸紅総公司的「喫煙室」是大ガラス窓、比較容易地看「敵人」来。..(這段從寫給台灣情書中公開盜用)自虐的呼称是「金魚鉢」(養金魚的Glass Case)。』,哈哈大笑。原來是在金魚鉢中與三田樣密會,交換「極機密」情報。

 

我一直很關心三田さま所做的「三田文庫」,他在台灣很多圖書館捐資料成立「三田文庫」。但台灣人會讀日文的不多,會讀書的人口也少。

 

今天下午在Face book看到三田裕次先生(11月22日) 走了就趕緊寫此文,懷念這位台灣史的戰士。

3 回應 針對 “懷念三田裕次さま”

  1. 北投埔 寫道:

    2008年選舉完畢,三田裕次さま很生氣說,不去台灣。就這樣,他與熱愛的台灣分別,今年選舉完畢,正想他應該會高興吧,沒想到,在結果知道之前7天,他往生,無法知道台灣的狀況。

    2014年,很多人都在預測今年會發生戰爭,沒想到,歹年冬竟然是呈現:台灣史的戰將,多人往生。

  2. 北投埔 寫道:

    三田裕次さま

    今夜台北又擱塊落雨 http://www.youtube.com/watch?v=mJCehy0-RNE
    在落雨聲中,用此條歌送你上天,在天頂,你會當完全自由做你家自。
    免管別人如何看你,自由自在。

    今夜又擱塊落雨
    這不是你的錯誤 也不是我的過錯
    如今變成這款的後果 真是給人想攏無
    我相信我相信無人比我對你擱恰好
    為什麼為什麼咱的緣份 那會這呢薄
    啊~~~ 啊~~~
    今夜又擱塊落雨 又擱塊落雨
    聽著雨聲
    我的心肝會艱苦

  3. 三田裕次氏の逝去を悼む 王 明理 寫道:

    三田裕次氏の逝去を悼む
                  王 明理

    台湾史研究者で台湾関連書籍収蔵家、三田裕次さんが11月に逝去された。まだ65歳の若さでいらした。三田さんは日本と台湾の台湾関係の研究者の間では、知らない人のない特別の存在であった。最近でこそ、台湾研究をする人たちが増えてきたが、三田さんはまだ日本人がほとんど台湾に関心をもっていない時代の、パイオニアであった。

    大学時代に台湾に旅行に行ったことをきっかけに、台湾に深い関心を持つようになった三田さんは、やがて、台湾が言論統制下にあって、台湾人は自分たちの歴史も学べない状況にあることを憂えるようになった。そして、台湾の友人たちが来日した時に、台湾についての本を読めるようにと、私費をはたいて台湾関係の書籍を集めるようになった。生涯を通じて集めた書籍は数千冊にものぼる。

    大学卒業後、大手商社丸紅に就職した三田さんは、1981年から6年半の間、台湾に赴任することになった。その間、ますます台湾についての知識を深め、会社が休みの土曜日に、大学で日本語を教えた。帰国後、その時の教え子や留学生たちが三田さんを慕って訪ねてくるようになり、ついに1991年から、自宅を開放して月に一回勉強会を開くようになった。王育徳の『台湾―苦悶するその歴史』もテキストとして使われたことで、我が家とは御縁ができた。日本の会社員が台湾人に「台湾史」を教える私塾として、日経新聞にも紹介されたことがある。(1994年7月27日文化面)奥様も献身的に三田さんに協力され、勉強会のあとは、留学生たちに手料理をふるまわれた。

    三田さんは、長い台湾研究のキャリアを持ちながら、常に探究心旺盛で、間違いを指摘することに躊躇しなかった姿勢も、立派であったと思う。

    私のことは「文学“元”少女」と言って応援して下さり、お元気な時には、毎日のようにメールを下さった。「この本を読んでおきなさい」とか「この文章のここは間違っているから、鵜呑みにしないように」と。最近では特に、広島の原爆ドームや台北の228紀念館の前で、ピースサインをしながら写真に納まる人に憤慨されていた。皆が見過ごすことにもきちんと向き合う純粋な人であった。もっともっと色々教えて頂きたかったのに、本当にもったいなく残念に思う。

    今年の10月に亡くなられた張炎憲氏と三田さんは若い頃から親交があったが、奇しくも日本と台湾で、同時に、重要な研究者を失ったことになる。

    数千冊にのぼる台湾関係の書籍は、三田さん自身の手で、「里子に出すような思い」で、この数年間にほぼ寄贈を終えている。所蔵先は政治大学台湾史研究所、淡江大学図書館、広島大学などである。

    三田さんは、真摯に台湾に向かいあって下さった台湾の恩人である。心から御冥福をお祈り申し上げます。

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